《極力ネタバレ無し》「敵はだれ?」同士少女よ敵を撃ての書評

こんにちは。今年ももう6月ですね。2022年の大きな出来事といえば何と言っても2月に始まったロシアとウクライナの戦争でしょう。
エネルギーや食糧という私たちの生活にも多大な影響をもたらし、核爆弾が発動するかもしれないなどという地球上で暮らす誰にとってもまるで穏やかではないこの現状。
第二次世界大戦以降戦争の抑止力として働いてきた核の脅威と、戦争とイデオロギーつまりは政治という極めて俯瞰的な問題、兵力という命の尊厳・・
言ってみればありとあらゆる面で国の問題ではなく人類の英知と今後が試される「戦争」に誰もが注目しているのではないでしょうか。

さて、今回はそんな昨今にうってつけの名作「同士少女よ、敵を撃て」をご紹介したいと思います。

現代で書かれたとは思えない、まるで現場で戦った兵士が書いたような臨場感そして洞察力に優れたこの話題の著書はウクライナ戦争が起きるほぼ3か月前の2021年11月に発売されてから瞬く間に直木賞候補作に選ばれ本屋大賞受賞となりました。著者である逢坂冬馬さんのデビュー作となります。
この本はプロローグとエピローグを含む第1章イワノフスカヤ村から第6章要塞都市ケーニヒスベルクの六章から構成され主に1942年から1945年までの独ソ戦の行われた3年間が描かれています。
史実に基づきながら少女セラフィマというソ連の女性狙撃兵の立場、ドイツ兵の立場、俯瞰的なイデオロギーの観点など様々な観点から語ることで

戦争を個々人の洞察力によって読み解くことが必要とされる近年では稀な名著となっています。

ここではどちらかというと難解で特に長い中盤を持つこの小説を、わかりやすく紹介することで読書のきっかけや手助けとなり、また戦争について一緒に考えていくきっかけになればと思っています。極力気を付けていますが性質上ネタバレが無いとは言い切れません。どうしても主要人物や展開などにはネタバレ要素を含みますので気をつけてください。

あらすじ

この小説の舞台は1942年の独ソ戦の真っ只中のロシアを舞台に繰り広げられます。
主人公であるセラフィマはモスクワ近郊の農村に住む美少女で、幼なじみのミハイルとやがては結婚するのだろうという女性らしい幸福を夢見ているようなごくふつうの少女でした。
しかしある時に運命を大きく狂わせる出来事が起きました。
自分の故郷が不当な理由によってドイツ兵に急襲され全てを失います。
窮地に陥ったセラフィマを助けてくれた赤軍の女性兵士であるイリーナとの出会いによって一流の狙撃兵になることを決意します。
セラフィマは村を焼き素朴な夢を壊し狙撃兵へと分かり易く誘った非道な女兵士イリーナと故郷や家族という大切なものを壊したドイツ兵イェーガーへの「二重の復讐心によって狙撃兵という運命を背負いました。
ページ42「悲しみが怒りへそして殺意へと変わってゆく」
こうして個人的な復讐心のもと一流の狙撃兵を目指すセラフィマですが、訓練の中でドイツ兵はフリッツであって人間ではないという洗脳や、仲間との出会い、時には敵であるドイツ兵、裏切り者であるはずのサンドラ、敵であったはずのイリーナなど・・・様々な運命を背負った人びととの出会いを通して「戦争」「戦う意味」「命」を浮き彫りにしていきます。

そして最後に夢を奪われたことによって狙撃兵となったはずのセラフィマがとった意外な行動とは一体・・・。

 

女性兵たちの背負った運命

さて、セラフィマが出会う女性狙撃兵たちの運命をここで簡単にふれます。

シャルロットは教条主義的な共産主義者でした。
ページ51私は由緒正しい労働者階級の生まれ~
しかし本当は貴族の娘であるということに負い目を感じていました
アヤは天才狙撃兵として、自由を求めていました。
このように女性兵士たちもセラフィマ同様
狙撃兵という任務にそれぞれの背負ったバックグラウンドから意思決定プログラム《意識/感情》を導き出し遂行していました。

敵であるはずなのに瓜二つのドイツ兵とロシア兵

一方でドイツ兵の男子
ページ383
前線勤務に出頭しない全ての男子はその場で射殺するとの新しい命令が出た~
2月6日と7日、北鉄道駅にドイツ兵80人の死体が積み上げられ、 その上に彼らは臆病風をふかせたが、死に様は同じだったと書いたプラカードが立っていた。

ドイツ兵もセラフィマやロシア兵と同様に戦争で苦しみお互いに恐怖していました。

p275でドイツ兵はセラフィマの長けた手腕を「薄気味悪い」と言い軽蔑しますがそれをほぼ同じやり方を第4章でロシア兵にわかりやすい因果応報という形でやり返します。

セラフィマ同様ドイツ兵も復讐心というマインドマップと、大義名分と正当化の術だけが長けていく苦しい戦いを強いられていたのです。

イデオロギーの衝突を歌うプロパガンダの虚しさ

そもそもこの戦争の発端は第一章の扉にあるように
アドルフヒトラー「独ソ戦絶滅戦争の惨禍」
~対立する二つの世界観の間の闘争~から始まりました。
つまり、共産主義を滅ぼしたいファシズムやナチスによる共産党への弾圧から始まった戦争でした。

しかし、兵士たちはそれぞれのバックグラウンドから意思決定プログラムを導き出しただけで
あくまで復讐心であったり家族を守りたいといったわかりやすい「動機/考え方/世界の捉え方=つまり、それが何であれイデオロギーと呼べるもの」がそれぞれに選択されていました

当然例えば男女であっても全く違う生き物同士ですので、男女というだけでも同じドイツ人であってもイデオロギーは食い違ってきます。

塗り替えられ美化される戦争

ひと昔前で言う吟遊詩人たちも戦争中は兵士を美化し女兵士を称賛しました。
しかしお約束通り戦争が終わるとすべては忘れ葬られます。

しかしこの本には無数の声なき者たちによる戦争の現実が在るので読むことで思いも寄らない知見が得られます。

《必読》同士少女よ敵を撃ては名作

戦中のセラフィマはドイツ兵同様イデオロギーに敵と戦うという大義名分を課せられました。
そしてそれぞれがそれぞれのバックグラウンドによって各々の意思決定プログラムを持ち各々の任務を遂行しました。

相反する世界観を持った二つの闘争であるはずが特殊なバックグラウンドを持った者以外は誰一人としてイデオロギーなどというものに反応しておらず敵とは一体何だったのでしょうか。

ページ448
「俺は一体何をしているのだろうとドミトリーは思った。

目に涙が浮かんだ一体何だったのだろう今の光景は

俺がミハエル隊長が戦った戦争は一体何だったのだろうか。」

ページ477

「セラフィマが戦争から学び取ったことは、

命の意味だった。

失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない。」

 

小手先のテクニックや一言でまとめたりするのではなくこの本を読むことで戦争を体験し戦争について考える人が一人でも多く現れることを祈っています。

一体敵とは何だったのでしょうか。

敵とは誰だったのでしょうか。

人間らしさをはぎ取られ狂わされたセラフィマの取った行動とは何だったのでしょうか

是非読んでみてください。