伊藤計劃のハーモニーをあさく解説

伊藤計劃著書のハーモニーは近未来の世界を舞台にしたSF作品だ。
この作品が予知するディストピアな近未来に現実が日に日に近づいてきているように感じる。
ここでは難解なこの名作の予知する未来を、きわめて簡単にまとめた。
※ネタバレになります。

 

大災渦という大戦を経た後の近未来が舞台

世界大戦を経て高度福祉医療社会へと変化した近未来を舞台にして繰り広げられる。

watchmeによって管理(監視)される

watchmeは高度福祉医療社会の人々の安全と健康を管理するという建て前上に人類に装着が課せられた装置である。実際は人々はこの装置に意識(難しいのでここでは意識とさせてもらう)も含めてコントロールされており自由がなく「心地良く健康的な社会」を維持する要員としての生活を強いられている。

健康維持に関してはほんの少しでも体に悪いとされる可能性のある食べ物は全て警告がなさる。つまりは全ての食べものの摂取に警告がなされる。
加工肉なら発がん性が、お米なら糖質なので糖尿病のリスクが何パーセント上がるといった具合だろう。

情報の取捨選択にしても同じだ。
芸術作品のような美しいとか醜いとかいった五感に刺激を与える可能性のあるものは人によって不快を与える可能性があるため禁止されるかあるいはその人その人に適合され、目にする前に排除される。

結果的に本人にとって都合の良いものしか見えない。

がんじがらめに管理される心地良く健康的な社会のなかで主人公の女子高校生ミアハたちは、禁止されているはるか昔に人間が書いた手紙というプライバシーの遺物や絵画を見てこれほど不快であったり快感であったりする人間的なものがかつての時代にはあったのかと涙を流して感動する。
この心地良い世界との決別を子供なりに試みるのだが・・。

行き過ぎた評価社会

前述の管理装置によってすべてが点数化された評価社会では人間ひとりひとりに点数がつけられいつでも可視化される。学歴、行った場所、食べたもの、年齢、職業、社会的評価点数などすべてを公開され「プライバシー」というものはない。星何個で常に自分を採点され、親族の情報といった犯罪歴の有無や病気、遺伝子レベルでかかりやすい病気の可能性まで公開される。

この健康的な社会で人々は悪い評価をつけられたくないので間違ったことであっても減点されることを恐れただうわべだけの心地良い人間関係を重ねる。

結局人類はどうなる

watchmeを拒んだ人間以外の意識はやがてひとつに統合される。=生命主義
ひとつに統合されれば評価におびえることも傷つくこともない。
彼らにとっての真のユートピアが完成するようだ。私にはそうは見えないが。

ミアハたちの求めたもの

小説世界のはずが我々が生きる現代社会と通じるところがありこの未来に近づいていく気配に背筋がうすら寒くなってくるのは私だけではないだろう。

確かにwatchmeに支配され意識が統合されれば傷つくこともないだろう。

watchmeに管理されれば病気もしなければ最低限まで不快を避けられる。

けれど、果たしてそれで幸せなのだろうか?

絶えず人からの社会的評価を恐れ、本当の意味で人を愛すことも感動することをも避ける人生を我々は本当に望むのだろうか。

今英国のストリートアーティストであるBanksyの作品に世界中で注目が集まっている。
ミアハたちの人間らしさへの渇望とSNSに疲れ評価社会の幕開けを生きる我々現代人とリンクして見えるのは私だけだろうか。

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