人は過去の囚人?二人の悪女の奇妙な運命ミッシェルルブラン「未亡人」

こんばんは。もう1月も中盤ですね。
どんな寒さも面白いと思うものにどんどん好奇心を持ちながら暮らすことが一番の冬の過ごし方なのかなと思います。
さて、面白い小説といえば欠かせないのが個性的な登場人物。今回紹介する有名なミッシェルルブランの推理小説は未亡人には2パターンの悪女が出てきます。ここではこの二人の背負った過去と運命を変えようとした人生という観点からそれぞれに分けて①動機と手口からどのような人物だったかを推理し②どんな人生だったのかについて解き明かすことで、老若男女問わず誰にでも当てはまる事例だという証明も含めてまとめてご紹介していきたいと思います。くれぐれもネタバレを含みますのでご了承ください。

未亡人のコーラの動機

まず、コーラエルドベールが主役の未亡人についてご紹介します。
未亡人の主な登場人物はコーラの夫ダニエルそしてダニエルの秘書ジャンポール、コーラの愛人アンリの4人で繰り広げられる三角関係の物語です。

未亡人の主役コーラは売女をしていたどん底の生活から救い出してくれた夫ダニエルと裕福ではあるものの、たびたび暴力を振るわれ束縛と暴力の生活に自分は結婚に失敗したと思っています。誰からも愛されているという自覚も持てない不幸な毎日に不倫相手のアンリとの幸せな生活を求め夫ダニエルを殺すことを決意します。

コーラの認知の過ちを示す箇所
未亡人p182 ダニエルの屈折しながらもコーラへの深い愛を示す証言

私はあれを二重に愛しているんだつまり自分の家内としてもう一方は自分の持ち物としてね。私からあれを取り上げることはつまり私が生涯かけて作ったものを私の手から取り上げることなんだ

秘書ジャンポールの証言
未亡人P184

そうですコーラを愛していますよただ向こうでは僕を愛していません

不倫相手アンリのコーラを愛していない証言
未亡人P173

ただ一つの相違といえばアンリがコーラを愛していなかったことだ

p175

いや、僕は彼女は僕がだいぶ気に入っているけれど、彼女は複雑すぎるし悩みが多すぎるんだ彼女は好んで不幸せになるんだ僕は彼女を愛してはいないな

以上からアンリは男ではあっても罪への誘いのジュネヴィエーヴと全く同じ悪女に相当することがわかります。

そしてアンリに犯罪をそそのかされついにダニエルの水筒に自ら手を汚して睡眠薬を投入し、交通事故に見せかけて殺すという手口で殺害に成功したかと思ったコーラは自分自身の軽率な行為を後悔し良心を痛めます。

未亡人p114

毎晩毎晩、彼女は汗びっしょりになってハッとして飛び起きた彼女の悪夢はなかなか実感となってはいてこなかったいつもいつも同じ夢だった。

睡眠剤の入ったコーヒーを飲むダニエル恐怖に駆られて飲まないで飲まないでとわめくコーラそれから彼がやがてハンドルの上に来ずれ込むのを知りながら右に飛び出そうとして絶望的にドアを開けようとする

突然ショックを感じて身体を粉々に砕く恐ろしい音に彼女は叫び、声をあげて恐怖に肌を粟立たせながら目覚めるのはこの瞬間だった。

 

しかしそんな単純明快なコーラの行動を全て把握していたダニエルは、殺人計画と不倫の復讐として偽のダニエルを配し、事件は混迷を極めます。

不幸な運命に翻弄されるコーラ

このことからコーラは過去に囚われた結果として自らの運命に翻弄されてしまう人であったと言えます。

屈折してはいたものの誰よりもコーラを愛していたダニエルに誠実なジャンポールと2人の男性に愛されながらも自らの不幸な運命に抗えなかったコーラは結果的に罪の意識から発狂し自分を愛してくれたジャンポールを殺害し夫ダニエルまで逮捕されてしまいました。
コーラは最後まで自分が貧しかったころに売女をやっていた過去に怯え、自分で自分の手を汚して犯行を決行しました

幸せを求めた過去の囚人

コーラと同じく過去の囚人だったアンリの証言
未亡人P173

使い古した服を捨てるみたいに自分の過去から逃れることができたら!ゼロに向けて再出発できたら。ところがそんなことはできないのだ、人間というものは自ら一日一日自分の人生を取り上げて行く形の不揃いな靴下のような人生を。そしてそれはどこへ行っても彼につきまとい、彼の行動に足枷をはめて彼のことをいちいち取り上げては他人の注意を促すのだ

コーラにとって自分が過去に売女でどん底の生活をしていたことを知らないアンリはまるで夢の中から現れたような恋人でした。そして、アンリも過去を捨てたがっていました。確かにダニエルは恩人でしたがそこにはいつも捨て去りたい売女という過去がついて回るのです。
そこで高校生デビューするような気持ちで自分をよもや売女だったなどと思わずに苦労知らずのお嬢様として接するアンリをプラトンの言う意識の洞窟に都合良く投影してしまったのです

最後に偽Danielを演じたシモンの証言
p195

今や彼はコーラという女性をよく知っている逃げ腰でほんの少しの幸せを求めて自分の夫に怯えている女性ただそれだけの女性だった。

周りを罪へと誘うジュネヴィエーヴ

さてここからはジュヌヴィエーヴの紹介です。
自らの運命に翻弄され、夫の暴力に遭い不倫相手には都合よく利用され、最終的には自分の手を汚した可哀想なコーラとは対照的にジュヌヴィエーヴはな典型的な悪女の キャラクターとなっています。
この典型的な悪女はどんな意味を持っているのでしょうか。

ミッシェルルブランの「未亡人」に収録されている「罪への誘い」の主人公であるジュヌヴィエーヴバンダは、 アテーネレコード会社という会社に勤めている技術主任です。

この会社の社長には二人の息子リシャールとピエールがおり、社長の座を狙う狙うジュヌヴィエーヴにとってこの二人は邪魔な存在です。そこで自らの立身出世のためにジュヌヴィエーヴはこの二人が仲が悪いことをいいことに「ピエールとリシャール」を犯罪に誘い二人を消す完全犯罪を目論見ます。

物語りは3部構成で1部でリシャール殺害と2部でピエールが容疑者となり3でジュネヴィエーヴ自らがその犯行を語り逮捕へと繋がります。例えるなら1と2は東野圭吾の白夜行という犯行編で3は幻夜という種明かし編に相当しています。ジュネヴィエーヴは典型的な悪女というキャラクターで、その生い立ちからそのまま白夜行の雪穂の生き写しのようです。雪穂は典型的な悪女のキャラクターの魅力が際立っています。しかし最後まで雪穂の口から雪穂自身は語られる事はありませんでした。従がって白夜行では不幸な雪穂、幻夜ではただ恐ろしい美冬というだけに終始し、神秘性を高めるにはもってこいですが人間として浮き立つことはありませんでした。人間としての雪穂、美冬というすっぽり抜け落ちたその余白は、この罪への誘いのジュネヴィエーヴの手口、ラストの自らの過去への回想と独白でじゅうぶん埋められるものになっています。

手段を選ばないジュネヴィエーヴの証言

罪への誘いP368

私にはもう彼ら二人とも必要はない。あとはもう会社のためにすでに1/3私の手中に収まった会社のために自分の仕事を続けながら老人の死を待っているだけでいいんだ。というのは、子供の頃、私はたとえどんなことをしてでも自分の知性と肉体を使って目の覚めるような出世をしてみせると自分の心に誓っていたからだ。

白夜行の雪穂も男性の加護のもとによって生きるのでなく高校時代からゲームの違法コピー違法転売を家庭教師の出逢いから思いつき、りょうちゃんに持ち掛けて実行していました。美冬はジュエリー会社から美容整形まで女であることをすみずみまで利用し、手段を選ばない逞しい商魂を発揮していました。

見えっ張りな両親のために苦労を強いられたジュネヴィエーヴ

罪への誘いP370

自分の両親のことを恥ずかしく思うなんて本当に恐ろしいことだわまったく馬鹿げた話だった私は奨学金はもらい色々な試験を通り夜になってからそっちを習い私自身の心にこんなことを言い聞かせながら外国語を勉強したものだった家買ってもいいわいつかはこうしたすべてのことに復讐をしてやるんだ素晴らしいやり方で金持ち連中よりももっともっともっと金持ちになって彼らに復讐をしてやるんだ。

愛する両親でしたが見えっ張りなため幼少より苦労を強いられた貧しい出身のジュネヴィエーヴにとって苦労を知らずに育ったリシャールとピエールは軽蔑すべき対象でした。これは不幸な幼少期を送った雪穂の中にもじゅうぶん芽生えたと思います。

 

ピエールとリシャールの人間関係を故意に利用し殺し、一切に罪の意識は全くないことを裏付ける箇所

P372

一人をとっ捕まえて相手をひっぱたかせるそうだわ、私があの二人のまぬけを相手にしたのがまさにそれだったんだわ私はピエールをひっぱたくためにリシャールを捕まえてリシャールを引っ叩くためにピエールを捕まえたんだわ二人のうちの一人がもう一人よりちょっと強くひっぱたくだけのことだわ。

過去への復讐をバネに這い上がろうとした野心家

苦境にもめげずに努力を重ねてきたジュネヴィエーヴ。不幸なコーラとちがってダニエルのような男性に原石として見初められるのではなく強引なやり方ではあったけれど自らの力で運命を切り拓こうとしました。

ですが、完璧に見えたその犯行も周りの人間から買っていた不信によって暴かれます

過去への復讐に燃えてきたジュネヴィエーヴの人生にはほんとうの友だちもおらず実際は周りには信頼されていなかったのです。

まとめ

ラストでジュネヴィエーヴは周りからの不信の結果としての逮捕となりました。コーラは無事に生きていてくれたら読者としては少し気は晴れますね。この本は人物の描写が素晴らしいのでぜひ読んで見てください。